続・親鸞なう・・「死んだらどうなる」


福井新聞連載の「親鸞なう」に死んだらどうなるのか?というタイトルで県民意識調査が提載されていた。
「人はなくなった後どうなると思いますか」という調査の結果が出ていました。
浄土や天国などに別世界に行く・・・38.8%
消滅する・・・・・・・・・・・・・24.0%
生まれ変わる・・・・・・・・・・・21.8%
その他・・・・・・・・・・・・・・10.5%
無回答・・・・・・・・・・・・・・ 5.0%
「浄土など別世界のリアリティがだんだんと無くなってきているということだろう」と解説していた。
死後の世界を信じていないといっても良いのでは。
浄土より今を幸せに生きていければ良しとする人が多い。
果たして死後の世界は本当に無いのだろうか?。
親鸞は何を説いたか。
親鸞からさかのぼること仏教の祖、釈迦はどう説いたのだろうか?
釈迦以前のインドの思想にこのような事が記されていた。
人が死後に赴く道として、「神の道」と「祖霊の道」が挙げられ、
前者を歩むものは、「永遠の絶対者(ブラフマン)と合致できるが、降雨者の道を歩むものは、輪廻によって再び地上に生まれ出ると説かれている。
すなわち、彼らは死後、まず煙に乗って夜に赴き、それから月の欠ける半月、太陽が南向する半年を得て祖霊の世界に至る。次に祖霊の世界から虚空、虚空から月に入り、一定の果報期間を月で過ごした後、「来たときと同じ道」をたどって虚空に戻り、そこから風になり、煙になったり、霧になり、雲になり、最後に雨となって地上に降り注ぐ。
「彼らは米、麦、草、木、ごま、豆としてこの世に生まれる。
ここからは、誠に脱却するのが難しい。
なぜならば、だれかが食物(として彼ら)を食べ、精子を射出するときに、それ(精子)となることがようやくにしてあるからである。
こうして人は母体内に転生する。が、この転生は偶然に行われるのではない。
「この世においてその素行の好ましい人々は、好ましい母胎に、すなわち、バラモンの母胎か、王族の母胎か、庶民の母胎に入ると期待される。
しかし、この世においてのその素行の汚らわしい人々は、汚らわしい母胎に、すなわち、犬の母胎か、豚の母胎か、賤民の母胎はいるとよそくされるのであると・・・・・。
この思想がさらに発展して「アートマン」と結びついたとき、今日的な意味での輪廻と業の思想が完成したらしい。【アートマン・・人間の肉体を動かしている中核ー霊魂とみなしている】


仏教では、過去、現在、未来(来世)の三世循環論として説いている。
アートマンが過去、現世、来世、姿を替えて輪廻転生している。
私はどこへ転生するのであろうか?


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