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法要

 18日に故郷の白鳥にて、おやじ37回忌、おふくろ3回忌の法要を営んだ。早朝、7時敦賀インターから米原経由で向かう。いつもは大野周りで行くのだが、今回は高速を利用していくことにした。大野回りより、各段に楽である。距離は大回りになるが、高速だけあって快適に走れる。疲れも違う。予定の10時30分より少し遅れて、始まる。
親父が生きていれば102歳、おふくろ99歳、おやじは66歳でがんで亡くなった。おふくろは天寿を全うして96歳。来年、わが身は66歳になろうとしている。この年で親父は去っていった。あまりにも若くして旅立っている。
さぞかし無念であったであろう・・・・。わが身に振り替えれば、この年でまだ行きたくない!まだまだ人生を楽しむのは今からだ!健康の体に生んでくれた両親のおかげで、この年まで大病がない!大けがもない!年に2回ぐらい風を引く程度だ。感謝しきれない!
法要の読経が始まる。おふくろの1回忌の時と違った。前は通しで阿弥陀経をあげていたはずが、、スタイルを変えている。今回は阿弥陀経の合間合間に、ほかの経を挿入してあげている。そのことについては説明がなかった。〆は、みんなで正信偈を上げるようにと指示があり、導師について正信偈を上げる。西と東と違うらしいが、親父のころにあげていた正信偈のほうがお経に思える。難しかったが・・。なんでもやさしくすればいいというものではない。重みがないと思うのは私だけだろうか?
独経が終わると、いつものごとく御園さんのお話が始まる。前回もそうであったが、なんとも頼りないお話である。
自分の身の上話はいらない。前回はかろうじて六道界の話をしていたように記憶があるが、それも真宗は、死んだら即、極楽に往生するとか・・・。往生していれば追善供養はいらないなと思ったが・・。その矛盾を御園さんはお茶を濁してまとまらない話で終始した。案の定今回も得るとこ内だった。仏教のぶの字も出てこない。
お話しされたのは、除夜の鐘にちなんだ108の煩悩のことだった。人間、煩悩が多いから苦しむのだと、煩悩は108つどころではない、いっぱいあるのだよと。だから今生に本願に合わなければならない、信心を持たなくては往生できないと、そこまではお勧めしない!話さない!ならば、せめて108の煩悩、なぜ108なのか?108の由来ぐらい説いてほしかった。私でも諸説ある中で1つぐらいは話せる。
その一つに、人間の感覚を司る眼、耳、鼻、舌、身、意の6つを六根という。
それぞれに、好(気持ちが良い)、悪(不快)、平(どちらでもない)の三種があって、六根×3=18
これがまた、染(汚い)、浄(きれい)の2種に分かれて18×2=36の煩悩となり、
さらに、仏教で説く、過去、現世、来世の三世がかかわって36×3=108の煩悩になるらしい。
と、このくらいお話を聞かせてほしかった!
ともあれ、末寺の坊主さんが、仏教を説いていないことが良くわかった。この坊さんは特にかも?
これでは、ますます深淵なる仏教から人々が離れていく、仏教離れが進む!
このあと、場所を変えてささやかな(施主曰く)食事をいただく。白鳥は酒盛りだ!とにかく飲む。飲ませる。
私も、人生初めて酒席に酒を飲まずに営んだ!!!!!今日、車で敦賀まで帰らなければならない。残念!
いつもは浴びるほど飲んでいたものだが・・・!(^^)!
宴席?が終わると次は場所を変えて兄貴宅で飲むのだ!顔ぶれもいつも同じだ。ここでもこちとらノンアルコールで酔っ払い相手に飲む?酔うほどに話が弾む!
ここで2つきになったことがあった。
その一つに、ここにいる誰もが日々仏壇にお参りしていないという事実、仏壇は皆あるのだが、その習慣がないらしい・・・。何たることか!いい年して、仏壇に毎日手を合わせていないとは、南無阿弥陀仏を唱えていないという。日本は仏教国ではなかったらしい?我が家では年老いた老夫婦が数年前から同居している。同居前は、老夫婦宅に小さな仏壇はあった。数年間、仏壇のお守りとして、通っていたが、それも大変ということで、仏壇の引越しを試みたが、老朽化が激しく持ってこれるものではなかった。一発奮起して、曹洞宗の仏壇を購入!
かなり値が張ったが、このくらいのものは必要だろうと新仏壇に、我が家の本尊を移し替えた。
かれこれ、この本尊さんには18年間、毎日朝晩お勤めをさしてもらっている。朝のお勤めには20分かかる。
それも今では当たり前になっている。夕は酒が入る前に〆のお勤めをしている、勿論、朝晩の仏花の水替え、仏様の水替え、朝の仏飯を備え、夕には下げている。毎日欠かさずだ!!
仏教の仏教たるものをあまりにも知らなさすぎるから、ついつい遠ざかっていくのでは、坊さん説かないと!仏教を!
あと一つは、霊能力者が親戚にいたことだ。霊が見えるとか、前世が、来世がわかるという。
今度、来た時ゆっくりと聞かなくては、面白いのは、その力もほどほどに酔わないと発揮できないらしい。
                              南無阿弥陀佛!南無阿弥陀佛


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