第32回全日本還暦軟式野球選手権大会出場!!

第32回全日本還暦軟式野球選手権大会 in群馬大会に出場するために
金曜朝5時起きで、5時半マイクロバス及び荷物車用ワゴン2台で敦賀を総勢15名で出発!
この時期の朝はひんやりとして肌寒い。
途中、どうも車の調子が悪いということで、メンテナンスしなければ走れないということで、
南条サービスエリアにて、1時間ほど修理者が車で待つ羽目になった。
なんでも、トラックやバスなどにある、排気ガスの処理ができていないままにされていたようだ。
このままそうこうしていても、いづれは止まってしまうらしい。ガスを燃焼すること役1時間。
何とか走行できるようになった。開会式は4時、ギリギリセーフ・・・・。
ホテルで明日への英気を養う。飲むものは飲む!飲まないものまで、飲めと進める。
そんな中、13時初戦を迎えるが、いつもの打線が爆発しない、逆に初回満塁を迎えたが、
エースの力投で何とか0に抑える。その後は、一進一退、小刻みに何とか3点をもぎ取り
3-0で岡山代表の和気スカイクラブに辛勝する。
翌日のベスト16を目指し、またまた酒宴が盛り上がる。これがあるから野球は楽しい。
と、思うのは自分だけか、いやいやそうでもな、体が動かないが講釈はレギュラーそろい。
つい、酒の肴になろうものなら延々と聞く羽目になる。
必勝を期してお開きになり、翌日の9時から試合に臨む。
相手は茨木代表、日立級友クラブ、メンバーを見ると、28、29、30年生まれの体格の
いいメンバーがそろっている。それに引き換え、我がチームは、けが人の集まりである。
それぞれテーピングしまくって、何とか持ちこたえているのが現状。
すでに勝負あったっか!昨日はエースの頑張りで何とか勝てたが、やはり連投では
相手に通じなかった。それを勝る、スイングといい、走力が全然違った。
無残に大敗を期してしまった。
意気消沈しながらも、帰りの車中でビールを飲みながら来年こそはと・・・・、盛り上がる。
来年は左右の2枚看板で営めるから、もっと上位を望めるのではと、勝手に思う。
途中、世界遺産である富岡製糸場を見学。
認められてまだ間がないためか、周辺の案内設備が完全ではない、おかげで
目的地つくまでに行ったり来たりであった。
こういうところは、1っ回来ればOK。どこでもそうだけど、もう1っ回来ようとは思わない。
敦賀到着、PM10時半ごろ、我が家のふろににて疲れた体を癒す。
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疲れた!!

この年で2試合はきつい!
昨日まで意外と涼しかったのに、今日は風もなく、太陽もさんさんと照り続けるありさま。
9時から予選第一試合開始、途中から捕手にアクシデントがあり、急遽セカンドから捕手に。
監督の予定では、相手を考慮し、スタメンはセカンド、次の試合に捕手ということであったが、
年寄り集団であるから、けがは仕方がない。
第一試合は、14人が出場できて、大差で圧勝。
第2試合は、エース登場で、試合に臨む。
予想に反して、適時打が出ない。凡打が続く。
でも何とか、予定通り勝利をものにし、準決勝、決勝へとつなぐ!
試合が終わったのが3時半ごろか、体の節々が悲鳴を上げている。
今週末からは、群馬での全日本還暦野球群馬大会に出場するために
金曜日の早朝に敦賀を出発し、一路群馬に向かわなければならない。
それまでに疲労回復しておかなければ・・・・・・。
ちなみに今年のリ-グ線は12戦全勝でリーグ1位の成績。
吾輩も、監督命令で、この1年から新米キャッチャーとして、試合に臨み、
何とか今日まで捕手が正位置になっている。
今年の夏は過酷であった。
昔はマスクだけで守備に就いていたのに・・・・。それで通用していた。
マスク、プロテクターの重装備は応える。
塁に出たものなら、息はキレるは、テェンジになるとすぐ準備して座らなければならない。
こればかりは、やった者しかわからないと思う!
まづは、全国大会で3勝を目指し頑張らねば、この壁は相当厚い!
老体に鞭打って頑張らねば・・・。
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                                       筋肉痛の野球じぃーじ

孫娘と初対面!!

英佑の幼稚園にて、祖母の会とやらに参加。敦賀を6時に出発し一路堺に向かう。
久しぶりの遠出に心なしか不安を覚える。通常は豊中から阪神高速経由で行っていたのだが、
今回は、ナビ通りだと京滋バイパス、近畿自動車道を示したので、こっちのルートがどうも近いらしい。
という事で、初ルート挑戦した。
見慣れぬ風景ばかりで、果たしてこれでいいのかなと、不安を覚えながらの運転、ここはナビを信ずるしかない。
どうにか松原JCにて降車したが、それから堺までは、一般道、ナビとにらめっこで運転するが、狭い商店街を通り抜けるようナビは示す。大丈夫かこのナビは・・・・・・。
目的地まで行くのに、こっちのルートは、結構時間を要すようだ。次回からはやっぱり豊中経由が無難なようだ。
到着、43階高層マンションに、引越ししたという事で、ここも初訪問である。盆以来の孫たちの再開。
ゆうきは結構おしゃべりになっている、相変わらず自由奔放だ。
8月に生まれた孫娘と初対面。我が家での女の子は初めてである。
美人になることを願いながら、そーと顔を覗き込む。
まだ、何とも言えないが、わが血を受け継いでいるなら間違いなく才女で美人になるだろうと確信する。
恐る恐る抱くと大きなあくびをし、時々笑いかける。
いい男を見ると・・・・。誰の血筋か?
見ていても飽きない。
早くおおきくなーれ!
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老いてなお盛ん!

ここ数年このブログの存在を忘れてしまっていた?さぼっていた?
てなわけで、IDやらパスワードも、もちろん記憶にない。
記憶を頼りに、すったもんだで、何とか開くことができ、こうして書き込みができるようになった。
3年前から毎日のスイミング通い、2年前からスイミングに加え、還暦野球に参加!
4月から9月までのシーズンは、毎週土曜日の午前練習、日曜日はリーグ戦、試合のないときは練習だ。
すっかり野球少年になりきって、老体にむち打ち、昔のイメージのとおり体が反応すると思いや、
ボールはグラブの下を通り抜けていく!バットは空を切る!
しかし、何とか最近は慣れてきて、何とか様になってきたと自負している!
今年からは、監督命令でキャッチャをやれ!という指示。
この年になってキャッチャーとは・・・・・・。
監督に逆らえづ、縦に首を振る。ミットも自前で購入、ハタケヤマキャッチャミット、4万5千なり、
高けりゃよかろうと、昔の考えか・・・?
シーズン半ばで何とか様になってきたようだ。使い続けてくれた監督のおかげか・・・?おいらの素質か?
今のところ我がチームは無敗でトップにいる。
           ⁂仕事、スイミング、還暦野球の日々の老紳士?

信心決定とは?

一帖目第一五通 
問うていはく、当流をみな世間に流布して、一向宗となづけ候ふは、
いかやうなる子細にて候ふやらん、不審におぼえ候ふ。
 答へていはく、あながちにわが流を一向宗となのることは、
別して祖師(親鸞)も定められず、
おほよそ阿弥陀仏を一向にたのむによりて、みな人の申しなすゆゑなり。
しかりといへども、経文(大経・下)に「一向専念無量寿仏」と説きたまふゆゑに、
一向に無量寿仏を念ぜよといへるこころなるときは、一向宗と申したるも子細なし。
さりながら開山(親鸞)はこの宗をば浄土真宗とこそ定めたまへり。
されば一向宗といふ名言は、さらに本宗より申さぬなりとしるべし。
されば自余の浄土宗はもろもろの雑行をゆるす、わが聖人(親鸞)は雑行をえらびたまふ。
このゆゑに真実報土の往生をとぐるなり。
このいはれあるがゆゑに、別して真の字を入れたまふなり。
 またのたまはく、当宗をすでに浄土真宗となづけられ候ふことは分明にきこえぬ。
しかるにこの宗体にて、在家の罪ふかき悪逆の機なりといふとも、
弥陀の願力にすがりてたやすく極楽に往生すべきやう、くはしく承りはんべらんとおもふなり。
 答へていはく、当流のおもむきは、信心決定しぬればかならず真実報土の往生をとぐべきなり。
さればその信心といふはいかやうなることぞといへば、
なにのわづらひもなく、弥陀如来を一心にたのみたてまつりて、
その余の仏・菩薩等にもこころをかけずして、
一向にふたごころなく弥陀を信ずるばかりなり。
これをもつて信心決定とは申すものなり。
信心といへる二字をば、まことのこころとよめるなり。
まことのこころといふは、行者のわろき自力のこころにてはたすからず、
如来の他力のよきこころにてたすかるがゆゑに、まことのこころとは申すなり。
また名号をもつてなにのこころえもなくして、ただとなへてはたすからざるなり。
されば『経』(大経・下)には、「聞其名号信心歓喜」と説けり。
「その名号を聞く」といへるは、
南無阿弥陀仏の六字の名号を無名無実にきくにあらず、
善知識にあひてそのをしへをうけて、この南無阿弥陀仏の名号を南無とたのめば、
かならず阿弥陀仏のたすけたまふといふ道理なり。
これを『経』に「信心歓喜」と説かれたり。
これによりて、南無阿弥陀仏の体は、われらをたすけたまへるすがたぞとこころうべきなり。
かやうにこころえてのちは、行住坐臥に口にとなふる称名をば、
ただ弥陀如来のたすけまします御恩を報じたてまつる念仏ぞとこころうべし。
これをもつて信心決定して極楽に往生する他力の念仏の行者とは申すべきものなり。
あなかしこ、あなかしこ。
 [文明第五、九月下旬第二日巳剋に至りて加州山中湯治の内にこれを書き集めをはりぬ。]
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*****
念仏称えただけでは、往生はできないと書かれている。
如来の他力によって助かるとある。
今までによると、
往生するには、まづ信心決定をしなければならないのである・
どこで?それはまだこの一帖目第一五通までには、書いてない。
ここで分かるのは「善知識」という言葉がが初めてでてきた。
[南無阿弥陀仏の六字の名号を無名無実にきくにあらず、
善知識にあひてそのをしへをうけて、
この南無阿弥陀仏の名号を南無とたのめば、
かならず阿弥陀仏のたすけたまふといふ道理なり。]
故に、往生するには「善知識」に遇わなければならない。
善知識の存在が重要である。
これも後の御文章に書き表されている。
楽しみ、楽しみ。
 合掌 なむあみだぶつ、南無阿弥陀佛



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